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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和45年(ワ)59号 判決 1972年1月31日

原告 荻原七五郎

<ほか四名>

原告等訴訟代理人弁護士 福田稔

被告 日成工事株式会社

右代表者代表取締役 古木健之

右訴訟代理人弁護士 中山明司

被告 山本政規

主文

被告山本政規は原告荻原七五郎に対し金百三十二万三千五百二十八円、原告荻原廣子、同荻原精一、同荻原雅子、同荻原俊子の四名に対し夫々金六十四万二千三百六十一円宛及び右各金員に対する昭和四十四年七月六日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告等の被告山本政規に対するその余の請求及び被告日成工事株式会社に対する請求を何れも棄却する。

訴訟費用は、原告等と被告山本政規との間に於ては之を三分し、その一を原告等の負担とし、その二を被告山本政規の負担とし、原告等と被告日成工事株式会社との間に於ては、全部原告等の負担とする。

この判決は原告等の勝訴部分に限り仮に執行することが出来る。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は各自、原告荻原七五郎に対し金二百七十八万六千二百三十三円、原告荻原廣子、同荻原精一、同荻原雅子、同荻原俊子の四名に対し夫々金九十四万五千七百九十二円宛及び右各金員に対する昭和四十四年七月五日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告等の抗弁に対する認否として、

一、原告荻原七五郎は、訴外亡荻原操の夫であり、原告荻原廣子、同荻原精一、同荻原雅子、同荻原俊子は、順次、原告荻原七五郎と訴外亡荻原操間の長女、長男、二女、三女である。

二、被告日成工事株式会社は、土木建築業を目的とする会社であり、被告山本政規は、被告会社の従業員で、現場主任の地位にある者である。

三、原告七五郎と訴外亡操は、夫婦共同で屋台営業の焼鳥販売を業としていたものであるが、昭和四十四年七月五日午後十時四十分頃、横須賀市若松町一丁目二十番地先道路の左側を小川町方面に向い、営業用屋台を原告七五郎が引き、その後部を訴外亡操が押して進行していたところ、その後方より時速約四〇キロメートルで進行して来た被告山本運転の普通乗用自動車(相模五三二四八三)が屋台後部に激突した。

右追突事故に因り、屋台が大破したのは勿論、訴外亡操は、右胸部、腰、腹部挫傷、左右下肢挫創、左脛腓骨複雑骨折の傷害を受け、即時同市内聖ヨゼフ病院に入院加療を受けたが、翌七月六日午後三時二十分右傷害のため死亡した。

而して、右追突事故は、被告山本の脇見運転による過失に起因するから、同被告は、民法第七百九条によってその損害を賠償すべき義務がある。又、当時、被告山本は、被告会社の業務を執行中であったから、被告会社は、民法第七百十五条によってその損害を賠償すべき義務がある。即ち、被告山本は、被告会社の現場主任であり、当該工事現場の最高責任者として管理職に属し、一般従業員を指揮監督する立場に立ち、作業の手配手順、工事の立案計画進行、現場の保安保全等につき勤務時間に限らず常時責任を負うものであるが、本件事故当時も、職務上工事現場に引き返えす途中であって、且つ、被告会社の工事現場にはトラックより配置されないため、被告山本は自ら前記乗用車を求め、業務上の連絡等に使用していたものである。仮に、被告山本の右行為が、直接に被告会社の業務執行に該当しないとしても、被告山本の当時の行動は、少くとも裁量に出た被告会社の事業の執行であるから、被告会社は使用者責任を負うべきである。

四、本件事故により生じた損害は次の通りである。

(一)  逸失利益金四百九十四万一千四百五円。訴外亡操は、事故当時四十八才であり、昭和十九年原告七五郎と結婚以来二十五年余健康そのもので、家庭の主婦として献身的に勤め、子女の監護教育に尽瘁して来た。原告七五郎は、以前東京都に居住し、昭和三十四年に十五年間に及ぶ仕上工を辞めて後、横須賀市大滝町に於て妻と共に屋台による焼鳥等の販売業を始めたのであるが、右販売業に於ては、亡妻が、焼鳥やおでんの材料の仕込み一切、屋台の整備、営業場所迄の屋台の後押し、営業中の焼方や顧客の接待等、大部分の労務に従事していた。之等の労務は余人を以っては代え難いので、妻操の没後、原告七五郎は事実上営業を継続することが不可能となり、廃業せざるを得なくなった。原告七五郎は、右屋台営業から、毎月金八万円乃至金十万円の純益を挙げていたが、その収入の道を失い、今後同原告が他に収入を得ようとしても、その年令等から雑役夫位よりなく、勢々月収金三万円が限度である。してみると、訴外亡操の得ていた経済的利益は少くとも一ヶ月平均金五万円を下らない。そして、同訴外人は、日常極めて質素で、殆んど冗費を支出しなかったから、生活費は一ヶ月金一万二千五百円で充分であり、実収入は金三万七千五百円である。従って、四十八才の平均就労可能年数を十五年とすれば、金六百七十五万円が喪失した収入額であり、之をホフマン式計算法により現在額に換算すると、上記金額となる。

(二)  原告七五郎は、(1)訴外亡操の死亡迄の治療費金二万四千五百円及び(2)葬儀費用金二十七万円を負担した外、(3)同原告は、その所有に係る商品満載の屋台を損壊され、金十万円を下らない物損を受けた。

(三)  弁護士費用合計金三十六万九千九百七十円。原告等は、本件訴訟を委任するに当り、原告代理人に対し着手金六万円を支払い、且つ、訴訟終結後、認容額の五パーセントを支払うことを約した。而して、原告七五郎の請求額金二百六十二万九千三百二十三円の五パーセントは金十三万一千四百六十六円、その余の原告等の各請求額金八十九万二千五百二十八円の五パーセントは各金四万四千六百二十六円であり、着手金六万円を各原告の請求額に按分すると、原告七五郎の分は金二万五千四百四十七円、その余の原告等の分は各金八千六百三十八円であるから、以上の合計が上記金額となる。

(四)  慰藉料合計金四百万円。原告七五郎は、同棲二十五年余に及ぶ最愛の妻を突然奪われ、その悔恨と悲嘆は筆舌に尽くし難く、少くとも金二百万円の慰藉料を受ける必要がある。その他の原告等の悲嘆も全く同様で、精神上の苦痛は計り知れないものがあり、少くとも各金五十万円宛の慰藉料を受ける必要がある。

(五)  以上合計金九百七十万五千八百七十五円。

五、之に対し原告等は、自賠責保険金三百二万四千九百九十八円、被告等より香料として各金五万円宛計金十万円、被告山本より原告等の生活費名目で金十万円を夫々受領した。そこで、香料金十万円を葬儀費に、被告山本の支払った金十万円を、原告七五郎が相続すべき逸失利益に充当するのが妥当である。又、右保険金の内金二万四千九百九十八円は訴外亡操の死亡迄の治療費として支払われたが(治療費は完済)、その余の金三百万円は、損害の種目別の精算が省略されて支払われたので、その充当については、原告等の請求金額に按分して充当するのが妥当である。そうだとすると、逸失利益に対し金百六十万九千三百三十三円、慰藉料分に対し金百三十万二千七百三十三円、葬儀料分に対し金八万七千九百三十四円(何れも端数を四捨五入し、合計金三百万円)を充当することになり、充当後の残額は、逸失利益分金三百三十三万二千七十二円、慰藉料分金二百六十九万七千二百六十七円、慰藉料分金十八万二千六十六円となる。従って、

(一)  原告七五郎の請求額は、(1)逸失利益の法定相続分(三分の一)金百十一万六百九十円より、前記被告山本の弁償金十万円を控除した金百一万六百九十円、(2)慰藉料の二分の一に当る金百三十四万八千六百三十三円、(3)屋台の物損金十万円、(4)葬儀料金十八万二千六十六円より前記香料金十万円を控除した金八万二千六十六円、(5)弁護士費用金十五万六千九百十三円、(6)合計金二百七十八万六千二百三十三円(但し、金二百六十九万八千三百二円の誤記と認める)である。

(二)  その他の原告等の請求額は夫々、(1)逸失利益の法定相続分(六分の一)金五十五万五千三百四十五円、(2)慰藉料金三十三万七千百八十三円、(3)弁護士費用金五万三千二百六十四円、(4)合計金九十四万五千七百九十二円である。

六、よって、原告等は被告両名に対し、各自右金員及び之に対する事故当日より完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及ぶ。

七、被告会社の、被告山本の監督につき相当の注意を払っており、又、本件は、相当の注意を払っても尚損害を生ずべきときに該当するから、使用者責任を負わない旨の抗弁を否認する。

八、被告山本の過失相殺の抗弁を否認する。原告七五郎の屋台に反射鏡が設備されていなかったことは同被告主張の通りであるが、自発光のカーバイトランプを点灯していたから、注意喚起上、反射鏡と比較にならぬ程効果的である。又、歩道から道路中央寄りに一メートルの個所を通行していたことも同被告主張の通りであるが、これ以上左端に寄る時は、L字溝内に片車輪を落下させ、屋台の通行が不可能になる。従って、充分に道路左側端を通行していたものである。

と陳述し、立証≪省略≫

被告日成工事株式会社訴訟代理人は、原告等の請求を何れも棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁及び抗弁として、

一、請求の原因第一、二項を認める。同第三項は、中段の、屋台が大破し、訴外亡操がその主張の如く死亡した事実を認め、後段の、被告山本が被告会社の業務に従事していたとの点を否認し、同項中その余の事実は何れも不知。同第四項は不知。同第五項は、原告等がその主張の通り自賠責保険金、香奠及び弁償金を夫々受領した事実を認め、その余は何れも不知。同第六項は之を争う。

二、原告等主張の本件交通事故は、被告会社の被用者である被告山本の過失に起因するものであるが、被告会社には責任がない。

(一)  被告会社は、事故当日従業員に対して賞与を支給したので、従業員を早く安全に帰宅させるため、午後五時を以って一斉に終業した。従って、当日午後五時以後被告会社従業員は全員従業していなかったのである。被告会社としては、勤務時間内(延長された超過勤務時間を含む)については被告山本に対し監督権があり、事業の監督について充分注意することが出来る。然し、本件のように、一旦終業し、勤務を終えて退社した者に対し、追跡して監督することは不可能である。従って、たまたま被告山本が被告会社の事業に属する作業を行ったとしても、それは、被告会社の被用者として事業の執行をなしたものと言うことが出来ず、通りがかりの無縁の第三者が結果として被告会社の事業に属することを行った場合と同視すべきである。

(二)  以上の理は、被告山本が、本件事故の際運転した自動車を、被告会社の事業の執行のために使用したことがあっても変りはない。先ず、最近のように、通勤等に自己所有の自動車を利用する者が増加しては、使用者としては、被用者に之を禁止することは勿論、その運転についても監督する権限がない。使用者としては、事業の執行につき必要な自動車を所有整備し、之を使用して事業の執行に当らせるように努める以外に方途はないのであり、被告会社としても、各作業現場に作業用自動車を配置し、若し配置された自動車で不充分な場合には増加することにしていたのであって、作業用の貨物自動車より体裁が良いからと言って、自費で乗用自動車を購入して之を使用する者のあること迄も予想し、その禁止措置を執る注意義務はない。従って、被告山本が、乗用自動車を所有し、時々之を被告会社の事業の執行に使用しても、該自動車の運行に際し、被告山本の起した交通事故を以って、被告会社の事業の執行について起したものと言うことは出来ない。

(三)  まして、被告会社としては、被告山本が乗用車を所有するに至ったことを全く知らないのであるから、退社後三時間半を経過した午後十時四十分頃の、被告山本の行為を監督すべき注意義務は勿論、一般的にも監督する権限がなかったのである。

三、仮に、被告山本の現場主任としての地位から、退社後の同被告の行動についても被告会社に監督責任があると仮定した場合、次の抗弁を提出する。即ち、前述の通り、各作業現場には作業用(連絡を含む)自動車が配置されていて、不足の場合には補充される態勢にあった。又、事故当日は、午後五時を以って一斉に終業させ、全従業員を会社に集合せしめ、賞与を給付した後帰宅させた。以上の次第であって、被告会社としては、必要と認められる監督を充分に尽したのであるから、本件事故につき責任がない。

と陳述し、立証≪省略≫

被告山本政規は、原告等の請求を何れも棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁及び抗弁として、

一、請求の原因第一、二項を認める。同第三項は、前段、中段の各事実及び後段の内、工事現場に赴く途中の脇見運転が事故原因の一部であることを認める。同第四項は不知。同第五項は、原告等がその主張の通り自賠責保険金、香奠及び弁償金を受領した事実を認め、その余は不知。同第六項を争う。

二、被告山本が、工事現場に赴こうとした経緯は、当日被告会社は賞与の支給日であったため、午後五時に一斉に終業し、賞与を受取って帰宅することになっており、被告山本も午後五時に間に合うように作業を止め、被告会社に行ったのであるが、その際水中ポンプのスイッチを切って行った。被告山本は、午後十時過ぎになり、右スイッチを切ったことを思出し、若しそのままに放置すると湧水のため翌日の作業に差支えを生ずるから、水中ポンプを作動しておいた方が良いと考え、スイッチを入れる目的で工事現場に向ったのである。

三、本件事故が、被告山本の脇見運転に因ることは之を認めるけれども、衝突した屋台は、反射鏡の設備がなく、然も道路左端より一メートル中央寄りを通行していたもので、被害者側にも過失があるから、損害額について過失相殺されるべきである。と陳述し(た。)、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求の原因第一、二項の各事実、同第三項中段の、屋台が大破し、訴外亡操が原告等主張の傷害を受け、その主張の日時場所に於て死亡した事実及び同第五項の内、原告等がその主張の通り、保険金、香奠、弁償金を受領した事実は、何れも各当事者間に争いがなく、同第三項の内、前段の事実及び後段の、原告等主張の交通事故が被告山本の脇見運転の過失に起因する事実は、原告等と被告山本との間に於て争いがない。

二、右の争いなき事実によると、被告山本が、民法第七百九条以下の規定により、原告等主張の本件交通事故によって生じた損害を賠償すべき義務を負うことが明らかである。之に対し同被告は、被害者にも過失があると抗争するので検討するに、事故に遭遇した屋台の尾部に反射鏡を備え付けていなかったことは、原告等と同被告との間に争いがないが、≪証拠省略≫によると、事故当時、屋台後部の左側の柱に点灯したカーバイトランプを吊してあったことを認めることが出来る。ところで、道路交通法第五十二条によれば、本件の屋台の如き軽車両は、夜間道路にあるときは政令で定めるところにより、同政令の定める光度を有する前照燈、尾燈若しくは反射器、反射性テープ等を備え付けねばならないとされているが、たとえ、反射鏡の設備がなくても、カーバイトランプを点灯すれば、通常、後方数十メートルの距離より之を確認し得ると考えられるので、原告七五郎及び訴外亡操の両名に、右の義務に違反した過失を認めることが出来ないものと解する。次に、原告七五郎及び訴外亡操が、左側端通行義務に違反したか否かについて検討するに、事故に遭遇した屋台が、歩道から中央寄りに一メートルの個所を通行していたことは、原告等と同被告との間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、事故現場は、両側に幅員三メートルの歩道が設置され、車道の幅員が一五メートルで、その中央にセンターラインの標識がある直線状の道路上であり、原告七五郎と訴外亡操の両名は、右屋台の前後の中央線が、歩道から中央寄りに略々二メートルの個所を進行していたところ、その後部に同被告運転の乗用車の前部中央附近が追突したものであること、及び≪証拠省略≫によると、原告七五郎は、事故に遭遇する直前、絶えず交通事故の不安を感じ乍ら通行していたことを夫々認めることが出来る。而して、道路交通法第十八条は、本件の屋台の如き軽車両に、道路の左側端を通行すべきことを義務づけているのであるが、右の事実によると、若し、原告七五郎及び訴外亡操の両名が、右義務を忠実に守り、出来得る限り車道の左側端を通行するように心掛けて居れば、或いは被害が一段と軽度であったろうと推認するのを相当とするから、被害者側にも斟酌すべき過失があると言わねばならない。そしてその過失割合は、被告山本の過失が、脇見運転即ち前方不注視と言う、自動車運転者にとり最も基本的な注意義務に違反した重大な過失であるのに対比し、被害者側の過失は、道路の左側端通行義務違反で、然も、更に左側に寄って通行すべきことを要求し得るのは、せいぜい五〇センチメートル以内に止まると解されるから、同被告の過失に対して極めて軽度と言うべく、従って、前者の過失割合を九割、後者の過失割合を一割と認定するのが妥当であると考える。

三、≪証拠省略≫を総合することにより、原告等と被告会社間に於ても、請求の原因第三項の内、前段の事実及び後段の、原告等主張の交通事故が被告山本の脇見運転の過失に起因する事実並びに前項認定の被害者側の過失を夫々認定するに足り、他に之を左右すべき証拠は存在しない。

そこで次に、被告会社の使用者責任について考察を加える。≪証拠省略≫を綜合すると、

(一)  被告会社は、主として土木建築の請負を業とする株式会社で、本件事故の発生した昭和四十四年七月五日当時、従業員約百名を擁し、工事現場約十ヶ所に於てビルディングの建築請負工事を施工して居り、各工場現場に、その最高責任者として現場主任一名宛を配置した上、作業用兼連絡用に被告会社所有の小型トラックを配車し、且つ、小型トラックが連絡用に不適当な場合、一般タクシーの使用を認めて、従業員の自家用車購入及び之に伴う社用への便宜的使用を不必要としていた。尚、被告会社は、大型トラック、小型トラック及び乗用車を各十台位宛、計約三十台の自動車を所有していた。

(二)  被告山本は、昭和四十四年四月中旬被告会社に雇傭された者であるが、入社早々上司に対し書面を以って、工事現場に連絡用の乗用車を配置すべき旨意見を具申したのに対し、何等正式な回答を得られなかった。事故当時、被告山本は、被告会社より約百メートル離れた、横須賀市若松町一の十六のビル新築工事現場の現場主任として、配下の現場監督二名、下請工事人約二、三十名を従えて建築工事に従事して居り、被告会社及び下請人等との連絡に、会社の小型トラックを使用したり、或いは電話や徒歩連絡の方法を執っていたものの、作業用兼連絡用の小型トラックでは能率的でないのに加え、かねがね乗用車の配車を望んでいたところから、会社の上司に格別届出ることなく、自己の一存を以って、事故の一週間位前に普通乗用車を購入する手筈を済ませた後、事故の三日位前に右車両の引渡を受け、会社の寮から工事現場迄の通勤に利用する傍ら、工事に使用する金物類の購入或いは会社の倉庫との連絡等、会社の業務にも利用していたが、車両の引渡を受けてから未だ日が浅く、会社の上司である工事課長、総務課長、取締役、社長等は同被告が自家用車を乗り廻していることに気付かず、僅かに二、三の同僚が之を知るのみであった。

(三)  事故当日は被告会社の賞与支給日であり、被告会社は、従業員及び下請関係共午後五時に一斉に終業させ、全従業員を会社に集めて社長の訓辞を行い、賞与を支給した後全従業員を帰宅させる措置を執ったから、残業する者がなく、殆んどの従業員は午後七時頃迄に退社した。被告山本は、午後七時半頃退社すべく一旦工事現場を離れ、その際水中ポンプのスイッチを切った後、会社に赴いて賞与を受取ったところ、工事課長より書類の不備を指摘されたので再び工事現場に戻り、単身現場の事務所に於て書類を整備した後、午後十時三十分過ぎ、翌日の作業打合せのため配下の従業員の許に赴こうとし、工事現場より前記乗用車を運転して進行する内、現場を離れるに際し、水中ポンプのスイッチを切った措置が却って湧水を招き、翌日の作業に差支えを生ずるものと思い返えし、右スイッチを入れてポンプを作動させるべく、工事現場に引返えす途中、右現場と同じ町内の横須賀市若松町に於て、本件交通事故を惹き起すに至った。尚、当時、被告会社の工事現場は、勤務時間が午前八時より午後五時迄で、一般に残業は行われていなかった。

(四)  その頃、被告会社の現場主任の内、二、三の者が自家用車を所有していたが、それが純通勤用か、若しくは便宜的に社用にも使用されていたのか、その使用状況は証拠上詳らかでない。以上の各事実を夫々認定し得る。他に右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。ところで、民法第七百十五条の「事業ノ執行ニ付キ」の意義については、所謂外形標準説が支配的であるが、之を交通事故の如き事実行為に適用する場合、その外形上の標準を何のように設定するかは必らずしも明確でない。諸説の内、「加害行為が被用者の職務執行に属するものであることを要せず、加害行為が使用者によって作られた危険の実現と見られるものであれば足り、社会観念上その行為が使用者の事業を起因として生じたと認められる場合は事業の執行に当る」との考え方が最も広義な解釈であると思料されるところ、本件の場合、工事現場の最高責任者たる被告山本が、水中ポンプのスイッチを切り替えること及び配下の従業員と翌日の作業を打合せることは、その方法と時刻の点を度外視して抽象的にそれのみを取り上げれば、何れも被用者としての職務執行に属すると考える外はなく、また確かに、本件事故は使用者の事業を起因として生じたと認められる場合ではあるが、然し乍ら、勤務時間外に、然も深夜雇傭会社以外の自動車を使用し、スイッチの切り替えと翌日の作業の打合わせを行おうとすることが、被用者の職務執行に当り、その際に生じた交通事故が、使用者によって作られた危険の実現と見られ、且つ、社会観念上使用者の事業を起因として生じたもの、とすることは困難であると考えられる。それ許りでなく、前認定の事実によると、本件では、却って使用者責任を消極に解すべき要因の方が多いと言わねばならない。即ち、(1)事故車は、被告会社が所有若しくは使用するものでない。(2)事故現場が、一般人の通行する道路上であり、被告会社の実施する工事現場或いはその支配圏内でない。(3)被告会社の事業は、比較的自動車運行との関連性が多い業種に属するが、被告会社は平素、多数のトラック、乗用車を所有し、従業員の自家用車による便宜的社用使用を必要とせず、寧ろ之を防止する配慮を示していた。(4)被告山本が、自家用車を求めたのは、自己の便宜のため、或いは仕事の能率を挙げるためであり、自己の判断により便宜的に社用に使用したと考える外はない。(5)被告山本が、事故車を便宜的に社用に使用した期間は僅か三日間位に過ぎず、従って、未だ被告会社の幹部が之に対し、禁止、黙認、了知、或いは奨励等、何れかの態度を決定する時間的な余裕がなかった。(6)事故発生の時刻が勤務時間を遙かに経過した午後十時四十分頃である許りか、当日被告会社は、午後五時を以って一斉に終業させ、賞与を支給して全従業員を帰宅せしめたので、深夜迄残業する者のあることは予想し難い状況であった。結局、之等を綜合するとき、被告会社に使用者責任を肯定するのは余りにもその責任が広きに過ぎ、一般社会常識に反すると考えるべきであるから、使用者責任の成立は首肯し難いものと認定するのが相当である。果して然らば、原告等の被告会社に対する請求は、爾余の争点に対する判断をまつ迄もなく、何れも失当として棄却を免かれないものである。

四、よって進んで、被告山本との関係に於て、損害額の点につき審究するに、

(一)  ≪証拠省略≫を綜合すると、原告七五郎が、訴外亡操の受傷より死亡に至る迄の治療費として金二万四千四百九十八円を支出したことが認められる。之に対し原告等は、自賠責保険金三百二万四千九百九十八円を受領しており、内金二万四千九百九十八円は、弁論の全趣旨により、右治療費及び之に伴う関連費と解されるから、治療費は全部保障されたことになる。尚、保償の項目が明示されていると見るべきなので、裁量により過失相殺を適用しない。

(二)  ≪証拠省略≫を綜合すると、原告七五郎が、訴外亡操の葬儀費用及び墓碑建立関係費用として合計金十七万五千二百七十五円を支出したことが認められ、弁論の全趣旨により、右支出全額が本件事故と相当因果性のある損害と解されるところ、原告等は自ら、被告等より受領した香奠金十万円を之に充当したと主張するので、残額は金七万五千二百七十五円となり、更に過失相殺により、その一割を減じた金六万七千七百四十八円が賠償すべき額である。

(三)  ≪証拠省略≫によると、原告七五郎は、本件追突事故に因り、その所有の営業用屋台を原型を止めない程度に破壊されたこと、及びその価格は、中古品のリヤカーが金一万円相当、屋台が金二万円相当、諸道具が金三千円相当、仕込み材料が金一万円相当、つり銭約金三千円で、合計金四万六千円を下らないことが認められ、その全額が事故と相当因果性のある損害と解されるから、過失相殺により、その一割を減じた金四万一千四百円が賠償を要する額である。

(四)  ≪証拠省略≫を綜合すると、(1)訴外亡操は、生来勤勉、真面目、質素な性格で、子女の教育に関心が深く、且つ健康体であり、昭和三十三年頃より内職に屋台営業の焼鳥販売を始めたところ、約半年後に失業した夫の原告七五郎が之に加わり、夫婦共同の本業となった。(2)右屋台営業は、午後十時半頃に自宅を出発してから翌朝四時頃迄の間、主に自動車運転者を相手とする深夜営業で、相当健康に響き、然も天候に左右され易く、冬期は月の半分位、その余の月は約七日の休業を余儀なくされたが、訴外亡操は良く之に堪え、開業十年後頃には相当数の顧客を把握し、店舗を構えることを目標にして稼働していた。(3)訴外亡操が刻明に記帳した手帳によって計算すると、昭和四十四年一月より六月迄の月平均売上高は、金十八万五千七百円であった。(4)原告七五郎は、妻の死亡により右屋台営業を廃業せざるを得なくなった。尚、訴外亡操は死亡時四十八才であった。以上の各事実夫々を認定するに足り、他に之を覆えすべき証拠は存在しない。ところで、原告本人荻原七五郎は、純益が売上の二分の一を下らない旨供述しているが、昭和四三年賃金構造基本統計調査報告、業種、月間稼働日数、営業経験年数等を綜合勘案すると、右供述を信用することが出来るので、純益は月平均金九万二千八百五十円となり、特段の事情のない本件では訴外亡操の寄与率を二分の一と認むべく、これより昭和四十三年に於ける全国全世帯一人当り一ヶ月の生活費金一万五千七百円を控除すると、同訴外人の一ヶ月の実収入は金三万七百二十五円と算定される。そこで、就労可能年数を十五年(夫婦共同又は同訴外人単独の場合の両者を含む)、ホフマン係数を一〇・九八一とすると、その現在高は、次の数式の通り金四百四万八千六百九十四円となり、これが同訴外人の逸失利益と認められるから、過失相殺によりこれより一割を減じた金三百六十四万三千八百二十四円が賠償を要する額である。

30,725円×12月×10.981=4,048,694円

4,048,694円×0.9=3,643,824円

(五)  ≪証拠省略≫を綜合すると、訴外亡操の事故死に因り原告等の受けた精神的な打撃は極めて深刻であり、特に末子の原告俊子はそれがために一時失神したこと、一家の経済の担い手を突然に失い、原告等は将来に非常な不安を覚えており、その上、原告七五郎以外の原告等は、何れも未婚若しくは就学中で未だ独立していないことが夫々認められる。その他、訴外亡操の職業、事故発生の態様、被害者側の過失等、弁論に現われた諸般の事情を綜合し、原告等に対する慰藉料は、原告七五郎が金百万円、その余の原告等が夫々金五十万円宛、合計金三百万円が相当であると思料する。

(六)  而して、有職者の死亡に対する強制保険金は、死亡に至る迄の損害、葬儀関係費、死亡本人の財産損、死亡本人及び遺族の慰藉料等に対する保障と解されるから、保険金三百万円を、前認定の葬儀関係費用、逸失利益及び慰藉料に按分して充当すると、別紙計算書(1)乃至(4)記載の通り、順次金三万三百四十三円、金百六十二万八千七百十七円、金百三十四万九百四十円が充当され、残額は順次、金三万七千四百五円、金二百一万五千百七円、金百六十五万九千六十円と算出されることが計算上明らかであり、原告七五郎は逸失利益の法定相続分の三分の一に当る金六十七万一千七百三円(但し、計算上一円増)を、その余の原告等は各自法定相続分六分の一に当る金三十三万五千八百五十一円宛を相続したものであり、原告七五郎の慰藉料残額は金五十五万三千二十円となり、その余の原告等の慰藉料残額は各自金二十七万六千五百十円となる。

(七)  従って、原告七五郎の損害は、屋台の物損金四万一千四百円、葬儀関係費用金三万七千四百五円、逸失利益の相続分は金六十七万一千七百三円より前記弁償金十万円を控除した金五十七万一千七百三円、慰藉料金五十五万三千二十円の合計金百二十万三千五百二十八円であり、その余の原告等の損害は、各自逸失利益の相続分金三十三万五千八百五十一円、慰藉料金二十七万六千五百十円の合計金六十一万二千三百六十一円である。

五、最後に、弁護士費用について考えるに、≪証拠省略≫によると、本件訴訟を委任するに当り、原告七五郎が原告代理人に着手金六万円を支払い、同時に、原告等は認容額の五%に当る報酬を支払う旨約したことを認め得る。ところで、弁護士費用の相手方負担に関する問題については未だ定説を見ないが、結局、交通事故に因る損害賠償請求訴訟の場合は、一般的に或程度肯定せざるを得ないものであり、且つその費用は、事案の難易、請求額、認容額、その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものに限り、当該不法行為と相当因果性をもつ損害と考えるべきである。以上の観点から、当事者の約定による着手金六万円及び認容額の五%相当を損害と認め、原告七五郎に対し、右着手金以外に金六万円、爾余の原告等に対し各金三万円宛、合計金二十四万円を加算する。

六、尚、原告等は、受傷時より遅延損害金を請求しているが、死亡に至る迄の治療費、物損、葬儀関係費用、逸失利益、慰藉料、弁護士費用(着手金、報酬)等を請求する本件では、寧ろ、死亡時をもって損害発生時期と解するのが妥当であるから、遅延損害金が訴外亡操の死亡した昭和四十四年七月六日より発生するものと認め、爾余の部分を失当として排斥する。

七、以上の次第であるから、原告等の請求の内、被告山本との関係に於て、原告七五郎につき金百三十二万三千五百二十八円、その余の原告等につき各金六十四万二千三百六十一円宛、及び之等に対する昭和四十四年七月六日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の請求を正当として認容し、被告山本に対する爾余の請求並びに被告会社に対する請求を何れも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

<以下省略>

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